夫婦、身長差25せんち。

今日も明日も横浜で頑張っています

【妊娠後期の話】COVID-19の襲撃とお腹の張り

しばらく滞っていた、妊娠記録。
このブログを書いている今現在私はもうすでに出産をとうに終え、子供は一歳になりましたが、記録のためにも妊娠後期の話をアップしたいと思います。

妊娠後期にさし掛かった頃から、日々のニュースで「新型コロナウィルス」という単語を連日見かけるようになりました。マスクはあっという間に売り切れ、海外旅行ができなくなり、横浜港のクルーズ船の人たちが下船できずに二週間ほど船上で隔離された。予定していた母親教室は無期限中止となり、立ち会い出産も出来なくなった。都市のロックダウンがささやかれ、スーパーに食材がなくなった。

「持病のあるハイリスクの人」及び「妊娠中の人」への出社自粛の協力要請があったことを受け、私は無期限で在宅勤務となりました。

その後、世の中の情勢はどんどん変わり(悪化)、初めての緊急事態宣言が発令され、会社自体が休業となったので私は在宅勤務→自宅待機となり、日中はテレビでワイドショーを観て、時々散歩に行くだけの生活をするようになったのが、妊娠後期の頃。

そして、ある日の散歩の途中に、お腹がひどく張り動けなくなったことを皮切りに、ひとりで散歩に行くことが不安になったので、平日夫のいない時間はひたすら家で過ごすようになりました(引っ越していてよかった)

少し話は逸れますが、妊娠中の「お腹が張る」という表現はなにか違うものに変えた方が良いのではないか、と私は自身が妊娠中常々思っていました。
私は自分本意なやつなので、自分が妊婦になるまでは「お腹が張る」という状態がどんなものなのか、全く分かっていないどころか、妊婦さんが「お腹が張って大変…」と言っているのを聞いても(厳密に言えば、SNSの投稿で見ただけで直接言われたことはたぶん無い)、そっかあ~大変だね~くらいにしか思っていなかった。だって、妊娠していない人でも「お腹が張る」という状況は、満腹のときや便秘のときなどに起こりうる現象なので、妊婦さんのそれも、だいたい近いものなのだろうと安易に想像していたからです。
ただ、実際に妊婦になり体感して思うことは、妊婦のお腹の張りはそれ以外の人のものは全く違うものだということでした。たしかにお腹自体は張っているので、お腹が張るという表現に誤りはないと思う。けれど、具体的なお腹の張りの症状としてはまずお腹がガチガチに固くなり、とても痛い(場合によっては歩けないほど)、母体はもちろん胎児にも何かしらの負荷がかかっていて苦しい状況であり、状況によってはすぐに医師の診察が必要な場合もあるのが「お腹の張り」なのに、私が無知すぎただけかもしれないけれど、おおよそ満腹のときのお腹が苦しいな~!というのに近しいものだと考えてしまいかねない「お腹が張る」という表現。なんとかならんもんかな…?

まあ表現はともあれ、この「お腹の張り」というのが妊娠後期の、特に夕方以降に頻発したのはとても辛かった。あとはなにより足のむくみ。スニーカーなどはすべてはけなくなり、もう足首の場所なんて分からないし、パンパンすぎて歩くなんてもってのほかで動かすのも痛い…というほどで、毎晩マッサージをしてくれた夫に感謝。

念願のマタニティフォトはもちろんとれるわけもなく、かといって諦めることも出来ずに自宅で撮影してオシマイ。同じ市内にある実家にすら帰ることなく、ベビーグッズのほとんどをインターネットで揃えて出産準備は一応完了。

そして会社については、産休前最後に一度だけ出社し、挨拶と荷物の整理をしました。そのときに上司(オジサン)に「体調はどうだ?」と聞かれたので「後期づわりはありますが、まあ元気です!」と答えたところ「は?後期づわり?なんだそれ?そんなもんないだろ」と一蹴にされたのは、残念な思い出…。

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自宅で撮ったマタニティフォト

出産のときの話はまた。

一年ぶりの更新となりましたので、まずは近況から。

最後に記事をアップしたのはこちら

https://blog.hatena.ne.jp/Lisax/lisax.hatenablog.com/edit?entry=26006613625387220

妊娠中期のつわりについて思いの丈を書いたのち、姿を眩ましていました。

あの投稿から約一年が経ち、更新を滞っている間に子供は無事に産まれ(女の子です)、なんともう一歳になりました。妊娠中期で頓挫していたこのブログですが、妊娠後期及び出産~子育てについて、追って書かせて頂きたいなと思いつつ、まずは近況を。

2020年当時、来年くらいには落ち着いているんだろうな、と楽観視していたコロナウィルスですが、未だに感染拡大中。そして我が子は、妊娠していた頃は「オリンピックベビーだね」だなんて言われていたのに、結果的にはコロナ禍に産まれたことから不本意ながら「コロナベビー」と称される始末。しかし、このコロナが予想以上の長引きを見せていることから、2020年産まれだけにとどまらず2021年産まれも引き続きコロナベビーとなってしまい、なんとなく「コロナベビー」という呼び名は2020年の限定感を失った為か、有耶無耶にその存在かなくなった気配を感じており、少し安心しています。
ただ、2020年に産まれてから一度もコロナの無い世界で生活したことが無いため、保育園の先生を始め、家族以外のノーマスク姿を見たことは無いまま一歳を迎えてしまいました。記憶には残らないのかもしれないけれど、何かしらの感受性の発育に影響がありそうな気がしているのと、家以外での写真がすべてマスク装着状態のものしかないので、記録や思い出という点で大きく不満。

もちろん旅行にも行ったことはなく、夫の実家(新潟県)にも一度も帰省していません。育休中にベビーを連れて沖縄に行くのを楽しみにしていたので無念でなりませんが、こればかりは仕方なし。
まだまだろくに出掛けられない日々が続きますが、我が家は自宅が横浜・みなとみらいエリア付近なので、お散歩には困らないのが唯一の救いとなり、週末は主に散歩をしています。

そして、特に素敵なイベントを迎えることのないまま、春から私自身は仕事に復職。復職してからは、仕事→保育園迎え→夕飯→風呂→寝かしつけのルーティンをいかにスムーズにこなすかに注力し、子供が風邪をひかないように祈りを捧げながら眠りにつく日々。(朝の保育園への送りは夫が担当、感謝)
子供が出来てからは、育児などの方面には知見は広がったと思う反面、社会性やトレンドという点では知見が狭まったな、と感じています。会社で新しいプラン案を考えるときも、頭のなかは「子育て世代をターゲット」にしたプランばかり…。今何が流行っているのかインスタ等で必死のリサーチをしていますが、なかなか自分で体験していないため、本当の「今っぽさ」がわからない。ちゃんと今っぽくないないくせに、なんとなく流行っているから…というのって本当に格好悪いしなあ…。そして、子育てという目に見えてわかる成果のないタスクをこなす日々の中で、着実な衰えを見せる記憶力に戸惑っています。(あれ?先週末ってなにしたんだっけ…?)

きっとそこらへんに転がっているような、普通の家族の普通の毎日を過ごしてはいますが、私個人(と私の家族)の記録として、また改めてこのブログを再開させていきたいな!と思っています。

だって書き残しておかなければ、すべて忘れてしまうもの…!


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アティパスという、靴下と靴が一体化しているような子供の靴(ファーストシューズ)とても便利!

【妊娠中期の話】つわりの終わりが見えた時のこと

※私たち夫婦、特に私の心と身体に起こった変化の記録です

 

つわりが始まって約二ヶ月。

 

細かく書くとキリがないけれど、仕事で接客中や通勤の移動中に吐いてしまったり、よだれが止まらなくて一晩中タオルを噛みしめたり…。

当時は真冬なのに、キンキンに冷えて氷が入っている飲み物しか飲めなくなったり、食べられるものが分からなくて夫に八つ当たりしたり。入院するほどひどい方もいるので、そこまでではなかったものの、個人的にはほどほどにつわりに苦しんだ二ヶ月。

もう一生、つわりなんじゃないかとすら思ったけれど、ある日「あれ?今日まだ吐いてない…」という日が来ました。

それまでは、毎日当たり前のように複数回吐いていたけれど、その日を境に吐かない日があったり、吐いても1回だけだったりという日が続き、いつの間にか丸々一週間ずっと吐いてない…!という感じで私のつわりは終わりました。

 

もう妊娠の経過としては、いわゆる安定期に入るかな?という時期。今まではひたすらに「つわり 食べ物」「つわり 終わる時期」などを検索し続ける日々でしたが、ここからはやっと「出産」や「ベビー用品」について検索する気力が沸いてくるようになりました。

 

今なら声を大にして当時の私に「今のうちに行きたいところへ出掛けるんだ!この後コロナが来て何処へも行けなくなる!急げ!!」と伝えたいですが、当時の私はつわりから解放された日常に満足してしまっていて、急いで出掛ける予定を組んだりしなかったのは、とても心残りです。


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唯一、熱海に梅を見に行ったときの写真。

 

おしゃれインスタグラマーのように、妊娠中のお腹の写真を毎月同じアングルで撮影したりしたかった…!

 

 

【妊娠初期の話】母とは違い、私はつわりの軽い体質だと思っていた

※私たち夫婦、特に私の心と身体に起こった変化の記録です

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※妊娠中は生物を控えた方が良いらしく、食べられない

 

妊娠がわかった日

lisax.hatenablog.com

 

前から私は、子供が苦手だったこともあり、妊娠⇒出産⇒子育てをしている友人の声に耳を傾けてきませんでした。

もちろん、子供が生まれたと聞けば会いに行き、出産祝いを送る…などは行っていましたが、具体的なマタニティ生活はどのようなものなのか、出産のときの体験談などを一生懸命になって聞く、ということがなかったのを、自分がいざ妊娠してみて初めて気が付きました。

興味がなかったり、聞きたくない!ということではなかったと思いますが、どこか他人事というか「友人の恋バナを聞く」くらいの軽い気持ちでいたのだと思います。

 

そのため、思ったよりも自分の妊活がスムーズに進んで、いざ妊娠がわかってからは「…で、次のプロセスは!?この後私はどうすれば?」と、ずいぶんと狼狽えました。

妊娠検査薬で陽性判定後、近隣のレディースクリニックへで胎嚢を確認してもらい、妊娠確定をいただき、その時点ではまだ妊娠6週程度でした。

そして早々に産院を決め、分娩予約というものをしなければならないことを知り、慌ててネットで近隣の産院を調べて予約をし、初回検診を受けるために母子手帳を区役所に貰いに行く…と次々と妊婦としての生活が始まっていきました。

 

 

その後、無事に心拍が確認されたので、両家の親にも妊娠報告をし、私は業務上関係のある上司1名にのみ妊娠の報告をしました。私自身はもちろん、夫もまだそこまで実感がわいてはいないようではありましたが、皆妊娠を喜んでくれ、不思議な気持ちになりました。

 

私の母はつわりが酷く、妊娠初期~後期まで吐き気が落ち着くことはなかっただけでなく、妊娠高血圧もあった上、父は全く家事を手伝うなどの配慮のない人だったので妊娠生活は大層つらいものだったと聞いていたこともあり、私は自分もきっとつわりが酷いタイプなのだろうと怯えていました。

しかしこの妊娠発覚~10週の頃の私は、空腹時に若干気持ちが悪いかな…?と思う程度のつわりがあり、自分はもしかして母とは違いこの軽めのつわりがあるくらいの体質なのでは!と期待を持って過ごしていました。

 

ですがこの淡い思いはその約1週間後には打ち砕かれることになりました。

寝ても起きても気持ちの悪い日が続き、例えるなら、二日酔いなのにうっかり船に乗って船酔いしてしまい、更にインフルエンザに運悪く同時にかかってしまった、しかもちょうど生理中で生理痛まで…くらいの気持ち悪さとだるさ、熱っぽさと節々の痛み(特に腰まわりが重い)が同時にのしかかってくるイメージ。

 

つわりといえば、ドラマなんかでよくある「炊飯器開けたら・・・・うっ!」みたいなものを想像していたのですが、実際は普段だったら絶対会社休むと断言できるくらいに体調が悪く、吐く寸前…という状態が基本で、そこに「におい」などのとどめを食らって嘔吐、という感じでした。

 

辛いという気持ちと、もともと自分がこのつわりの辛さを理解していなかった実体験から「夫も理解していないに違いない」と思い、何度も毎日夫にはつわりの辛さを訴え続けました。

その時によって食べられるもの、食べられないものが刻々と変化していきました。

 

長い期間食べられなかったものの特徴は

・においのするもの

・ほかほか温かいもの

・スイーツ

でした。そのほか、こもった空気(特に暖房)も気持ちが悪くなりました。腹3分目くらいに食べておくのがまだ気持ち悪さが抑えられることに気づき、なるべくこまめに食べられるものを食べよう&オフィスの暖房の空気から逃れたく、仕事中に何度も抜け出して食べられるものを探してうろうろとしていました。

 

しかし、このつわりの時期にちょうど冬だったこともあり、冷たくてさっぱりしているものがなかなか売っておらず、それどころかコンビニの中はおでんのほかほかしたお出汁のにおいがいっぱいで、1分程度しか滞在できずレジ付近は特ににおいが強く危険なため、同じビルで働いている夫を昼に呼び出して商品を指定して購入してもらうか、おでんやホットスナックの売っていない成城石井で、食べられそうなものを探して回ったりする毎日でした。

 

この頃食べられたものや飲めたものは

・氷の入った水

・ロールパン

・冷えたごはん

・ツナのサンドウィッチ

・タマゴのサンドウィッチ

・サラダパスタのパスタだけ

・かなり冷やしたフルーツ

でした。

つわりこそありますが、味覚自体が変わったわけではないので、ロールパンや冷えたごはんは元々好き好んで食べていたものでないこともあり、たいして食べたくないものを食べないともっと気持ちが悪くなるからと食べる日々で、とても辛かったです。

 

人によってつわりの症状は違うことはわかりながらも、どう対処したらよいのかわからず「つわり いつまで」や「つわり 食べられるもの」とトイレで吐き気と闘いながら検索したりしていました。

 

 

1日中青い顔をしてろくに働かず、ふらふらと出かけてはコンビニの袋をもって帰ってきて、仕事が終わっていようとなかろうと、定時そこそこで帰宅する私を咎めることなく業務量をさりげなく減らしてくれたり「無理せず休んで」と声をかけてくれた上司には本当に感謝していますし(実際にかなり休ませてもらい、有休は使い切りました)、食事の支度はもちろん、それ以外の家事を一切することなく家にいる間はずっと横になって「気持ち悪い…」とうめいている私を気遣ってくれた夫にも感謝しています。

 

それにも関わらず自分がこの世で一番つらいような気持ちで過ごしている私は「今日は何なら食べられそう?」と聞く夫に対して「何が食べられるかわからないから辛いんだ!」と当たり散らしたりして、申し訳なかったです。

 

しかも、私は妊娠発覚の直前に家の購入を決めており、このつわりの最中に我が家は引越しの準備と住宅引き渡し契約に伴う打ち合わせやローン手続き、保険の加入手続きなどやらなければならないことが盛りだくさんでした。

つわりによる体調不良から、打ち合わせも参加できないことが増え、私自身は住宅購入を決めただけで、それ以降の住宅購入関連手続き~引越しに伴う作業のほぼすべてを夫がひとりで対応してくれたのは、本当にありがたかったです。

 

11月初旬に妊娠発覚~11月中旬につわりが始まり、12月中旬に引越し。

その後、つわりの体調不良は約2か月続きました。

吐き気が我慢できずに道端で嘔吐してしまったり、仕事中にお客さんとの打ち合わせ中にこれまた吐き気が我慢できずに、無言でトイレへ走り去ったり、夜な夜なよだれづわりでタオルをびしょびしょにしたり…どうやって年を越したのか、もはやわかりませんが、2月になる頃にはそれまで毎日3回以上は吐いていたのが、いつの間にか1回になり、吐き気はするけれど実際に戻してしまうことはない日が続くようになり、つわりのピークを乗り越えることが出来ました。

 

つわりに効くと言われているものをネットで調べ漁り、実践した日々…。つわりの特効薬を開発してくれた人がいたら、ノーベル賞まちがいなし!

 

 

 

 

【妊娠初期の話】どうしても検査薬を使ってみたくなった

 

※私たち夫婦、特に私の心と身体に起こった変化の記録です

 

中古マンションの購入を決めた日

lisax.hatenablog.com

 

この数日後、どうしても妊娠検査薬を使ってみたい…!いますぐに使ってみたい、という衝動に駆られることがありました。

妊活を始めて間がなかった上、生理が遅れているなど、検査しなければならないような具体的な理由は一つも思いあたらないにもかかわらず、どうしても!今すぐに!検査薬を使いたい!という気持ちになりましたが、どう考えてもまだ検査薬を使うには早い時期でした。

それに加え、この妊活は夫とずいぶんと相談して始めたことということもあり、妊娠検査薬を使うのは夫がいるときのほうが…と考え、一度は思いとどまりましたが、生憎そのような日に限って夫は帰宅が22時を過ぎると予めわかっていました。

 

そして我慢できずに検査薬を使ったところ、しっかりと陽性反応が出ました。

陽性反応が出たのはわかりましたが、その後どうして良いのかわからずに、おろおろ室内を歩き回り、結局22時すぎに夫が帰宅するのをただただ狼狽えながら待つ数時間は本当に長く感じられました。

 

今でも時々妊娠がわかった時の話をすると、夫は「どうしてあの時急にひとりで妊娠検査薬を使おうと思ったのかが人生で一番不思議」と言うくらい、この検査薬のタイミングは急なものでしたが、どうしても検査したくてたまらなくなったとしか言いようがなく、自分自身でも不思議な体験のひとつです。

 

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 ※お酒を良く飲む方ではないけれど、赤レンガのオクトーバーフェストは大好きです

【妊活の話】なぜか引っ越しをしようと思った

私は、ちいさな子供が苦手です。

公共の場でこのようなことを発表するのもはばかれますが、子供はもちろんついでに言えば子供だけでなく社会にはびこる老害と呼ばれるような人たちもまた、苦手です。

自身の思い考えのみを根拠として、自分の要望や意見をまるで正論のように堂々と訴えてくる彼らと、うまくコミュニケーションをとれないので、苦手。

 

しかし、かく言う私も結婚4年目で30歳となりました。夫はとても良い人であり、こまかいことは抜きにして私たちの生活は基本的に安定していて、夫婦ともに産休がとれる会社に勤めており、夫は子供を持つことを強く望んでいる。(しかも夫は、できれば子供は2人欲しいと希望している)

 

夫は優しいので子供を望みながらも、結局出産するのは女性である私になるため、決心が出来ない私の気持ちを尊重してくれており「いつ妊活を始めるのか」という話は、夫婦の間で具体的には進みませんでした。

 

夫がぐいぐいと話を進めてこないのをいいことに、私は「子供が出来たらできなくなること」などを訳もなくあげつらって、それをまるで防壁のように掲げることで、妊活話を遠ざけていたように思います。

 

30歳の誕生日を迎えてからというもの私は、

・バリ島のアヤナリゾートに宿泊したい

アメリカでNBAを観戦したい

・台湾の知人に会いに行きたい

・学生時代にホームステイしていたオーストラリアのホストファミリーに会いたい

・仙台のロイヤルパークホテルに泊まりたい

・沖縄に行きたい

上高地に行って森林浴がしたい

・USJで絶叫アトラクションを乗り倒したい

・ディズニーシーでお酒を飲んでみたい

ラグビーワールドカップを楽しみたい

などと、まるで余命宣告されたとばかりに、やりたいことや行きたいところをリストアップしていった。妊娠⇒出産⇒子育てというのは、きっと喜ばしいことだというのはわかっていたつもりで、望んだからと言って必ずしも子供を持つことが出来るとも限らない、ということもわかってはいるつもりではあったけれど、それでも妊活を始めるということが、たぶん怖かった。

その先に得られる新しい生活よりも、今の生活から失われるかもしれないもののほうが私にとっては現実的で身近でわかりやすく、怖かった。

 

その後、私はこれらの願望すべてを叶えるべく、1年間にスケジュールをつめにつめこんで、夫の協力もあって達成することが出来た。

 

思い返してみてもがむしゃらで、バリ、台湾、ロサンゼルス、オーストラリアと海外旅行だけでも1年間で出かける量ではないし、出費もすさまじいものだったけれど、ここまでやりたいことをみんなやり切って、もう言い訳が出来ない!というところまで来て、やっと私たちは妊活に踏み切ることになりました。

 

学生時代から生理不順が激しく、2か月以上生理が来ないことも珍しくはなかったので、きっと妊活は苦労するのだろうな…と勝手に思っていましたが、病院などにはいかずにゆっくり取り組んでみることにしました。

 

そんな中、急に「引っ越しをしよう」と思い立ちました。私たちは3年半、賃貸マンションに住んでいて、多少狭いということはありながらも、ほぼ新築で住み始めたマンションで立地もすばらしく、周辺環境も含めてすごく満足していたのだけれど、なぜかどうしても引っ越しがしたくなり、夫を誘ってマンションの内覧に行き、初日に見学した中古マンションを購入することになりました。

 

立地はもともと以前の賃貸で満足していたこと、きちんとライフプランを考えていなかったのでローンをどのくらいなら払っていけるのかがわからず、月々のローン返済額が賃貸マンションの時とほぼ同額になる価格帯としたところ、以前の住居からあるいて5~10分程度の距離で、間取りは少しだけ広くなり、その分築年数は少し古くなりました。

 

妊活を始めていたにも関わらず、この時の私には「子供部屋をつくる」という考えが一切なく、夫婦で住みよい家として満足し、購入に至りました。

 

この記事は約半年前のことを思い出しながら書いているので、今となってはここまで立地(仕事の通いやすさ)を重視せずとももう少し広いところでもよかったのでは…などと思うこともありますが、取り急ぎ入居開始して約5か月経過した今のところは、この思い付きのマンション購入については後悔していないので良しとしています。

この妊活の結果や続きは、また。

 

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 ※はじめての台北だったので、王道コース

 

 

 

春とネパール人。

ネパール人の同僚と、ネパール料理を食べに行く。

彼は、日本語が片言な上に早口でちょっと巻き舌気味で話すもんだから、聞き取れないことが何度もあるし、そもそも彼自身も私の言うことを聞き取れないことが多々あり、敬語が苦手な彼は私に対して基本的にタメ口…とより、なんなら多少上からの物言いですらある。そのせいで彼は、勤務時間中5分に1回くらいのペースで私をイラつかせるのだけれど、それでも私はこのネパール食事会を楽しみにしている。

 

ネパール人オススメのネパール料理屋にいく…なんてわくわくする響きなんだろう!

 

そういえば先週は、横須賀海軍カレーを食べに横須賀へ行った。多分最近の私は、わざわざ○○を食べに○○へ行く!という予定が大好きみたいだから、とても嬉しい。

 


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こちらは、ビールを飲みに赤レンガのスプリングビールフェスにいったとき。

 

少し前までは、ホテルのランチが何より最高!って思っていたけれど、最近はご当地ものが大好き。

 

辛いものなんて全然食べられなかったけれど、いつの間にかおいしく食べられるようになった。

気付かない間に私は変化していて、つまり周りも変化してる。こういった変化を感じると、春だなあって気がしてとても楽しい。